2017年10月20日金曜日

推理するってどういうこと?


    ちょうど先月のこのブログで、スティグ・ラーソンの『ミレニアム』を読み始めたと書きました。その面白さに引き込まれ、ラーソンの死後ダヴィド・ラーゲルクランツによって書かれた続編も含めて、シリーズ邦訳はこの一月で全部読み終えてしまいました。ちょっとした『ミレニアム』ロス状態です。どうしよう・・・

というところで手にしたのが、マリア・コニコヴァ『シャーロック・ホームズの思考術』(日暮雅通訳、ハヤカワ文庫)でした。この本は、推理小説の登場人物の思考法に焦点を当てています。とくにコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズに焦点を当てて(幼い時に、著者が父親に読み聞かせてもらったのだそうです)、ホームズとワトスンの思考法を掘り下げます。作中人物の思考法を探る本かと思って読み始めたのですが、いやいや、『理解するってどういうこと?』と同じように、私たちの「理解の仕方」を深く掘り下げてくれる本でした。

〈ワトスン・システム〉と〈ホームズ・システム〉と名づけられた対照的な思考法が本書では繰り返し話題になります。〈ワトスン・システム〉とは「反応が速く、直観的で反射的であり、意識的な思考や努力を必要としないオートパイロットのような役目のシステム」であり、〈ホームズ・システム〉とは「反応が緩く、検討を重ね、より徹底して、論理にかなった動きをするシステム」のことです(この定義は訳者である日暮氏の「解説」によります)。後者はシャーロック・ホームズ、前者はホームズの相棒となるワトスンの思考システムをあらわしています。

コニコヴァはホームズの判断の特徴をなす要素として、【選択力をもつ】【客観性をもつ】、【包括的にみる】、【積極的に関与する】の四つを指摘しています。これらについて、彼女が言っていることを少しだけ引用しますから、読んでみてください。



【選択力をもつ】

○選択力――〈マインドフル〉で思慮深くて賢い選択――は、どのように注意を払い、限られた資産を最大限に活かすかを学ぶ、重要な第一歩だ。はじめは小さく、無理なく管理可能なもので、範囲の明確なものから始めよう。〈ワトスン・システム〉が〈ホームズ・システム〉のようになるには何年間もかかり、たとえそうなったとしても完全には無理かもしれない。しかし〈マインドフル〉になることに集中すれば、必ず近づける。〈ワトスン・システム〉に〈ホームズ・システム〉のツールを与えて、助けてやろう。そうでもしないと、何もないのだから。(136137ページ)

【客観性をもつ】

○観察するためには、状況を解釈から分離させ、自分が見ているものと自分自身を分離させることを学ぶ必要がある。〈ワトスン・システム〉は主観的で、仮説に基づく、演繹的な世界へ逃げ込みたがる。自分にとってわかりやすい世界だ。一方〈ホームズ・システム〉は、手綱を締めることを知っている。/効果的な訓練のひとつは、状況の始まりから全部、何も知らない他人に対して説明するように、声に出すか紙に書いて描写することだ。それはちょうど、ホームズが自分の推理をワトスンに話して聞かせることに似ている。ホームズがこのやり方で自分の観察を述べると、前にはわからなかった食い違いや矛盾が表面に浮かび上がってくる。(146ページ)

【包括的にみる】

○感覚を意識的に使えば、ある状況の現在が明らかになるだけではなく、その状況の忘れられた一部、すなわち、そこには存在しないもの、本来ならあるべきなのに欠けているものが浮かび上がってくるということだ。そして、不在は存在と同じくらい重要で、有力な手がかりになる。(154ページ)

【積極的に関与する】

○観察力のある心、注意力のある心は、現在に集中する心だ。さまよわない心であり、今やっていることが何であれ、それに積極的に関わる心だ。そういう心なら、素早く駆け回り、何でも見て何でもやろうとする〈ワトスン・システム〉でなく、〈ホームズ・システム〉で仕事を始められる。(178ページ)



この四つの要素は、〈ホームズ・システム〉の特徴というだけでなく、私たちが本を深く理解しようとするときにも大切だと思います。注意してほしいのは、〈ワトソン・システム〉と〈ホームズ・システム〉という二つが、私たちの脳の二つの半球の関係のように、常に補いものとして書かれているという点です。〈ワトソン・システム〉なしの〈ホームズ・システム〉はありえないのです。「反応が速く、直観的で反射的であり、意識的な思考や努力を必要としないオートパイロットのような役目のシステム」(ワトソン・システム)を使うのを控えて、もっと注意力を使って選択したり、何も知らない人にするように説明してみせたり、本来ならあるべきなのに欠けているものに目を向けてみたり、現在に集中して積極的に関与したりすることを意識的にやってみれば、もしかすると、私たちは本や文章や人生について、ホームズのように、他の人にはできない発見をすることができるのかもしれませんね。

冒頭で取り上げた『ミレニアム』の中心人物ミカエル・ブルクヴィストも、この二つの〈システム〉を巧みに駆使しながら、自らの身にふりかかる難題を解決していきます。

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