2015年7月17日金曜日

『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方―』と『理解するってどういうこと?』



  今年2月に読んだ本ですが「いやー、どうしようもなく面白い本!」と奥付に鉛筆で走り書きをしてしまった本があります。ティム・ブラウン(千葉敏生訳)『デザイン思考が世界を変える―イノベーションを導く新しい考え方―』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、20145月)です。パート1(第1章~第6章)が「デザイン思考とは何か?」、パート2(第7章~第10章)が「これからどこへ向かうのか?」と題されています。パート1の各章の見出しだけ掲げてみましょう。

 第1章 デザイン思考を知る―デザイン思考はスタイルの問題ではない

 第2章 ニーズを需要に変える―人間を最優先に

 第3章 メンタル・マトリクス―「この人たちにはプロセスというものがまるでない!」

 第4章 作って考える―プロトタイプ製作のパワー

 第5章 初心にかえる―経験のデザイン

 第6章 メッセージを広げる―物語の重要性

 「デザイン思考」とは「偉大なデザイン」を生み出すデザイナーのように考えるということです。「デザイン」を実際に作ったり、実行したりすることよりも、むしろ、自分がデザイナーだと自覚したこともない人々(私も確実にその一人です!)にデザイナーの道具を手渡し、その道具をより幅広い問題に適用できるようにすることを目的としています。そして、「人々が自分でも気付いていない内なるニーズを明らかにする助けを行うこと」(57ページ)が「デザイン思考家」の仕事です。パート1の各章では、ビジネスの現場での実例をもとに、偉大なデザイン思考のもとになる原理や方法を理解するのに役立つ「枠組み」が示されています。それらの「枠組み」は『理解するってどういうこと?』で探究されている「さまざまな理解の種類とその成果」に共通するものでした。私がこの本を「どうしようもなく面白い」と感じたのは、そのせいかもしれません。「偉大なデザイン」を生み出すデザイナーのように考えるとは、優れた読み手が使う理解するための方法(かたい言葉を使えば「理解方略」)を使って理解しようとするによく似ていると思いました。

 「デザイン思考」は人間を物語の中心に据える、人間中心のデザインを求めるものですが、そこで重視される要素は「洞察」(insight)「観察」(observation)「共感」(empathy)。「洞察」と「観察」は不即不離の要素として述べられています。「観察」から「洞察」につながるのです。この本で「洞察」という訳語が当てられているinsightは、『理解するってどういうこと?』の原著でも繰り返し使われています。理解するにあたって大切な私たちの頭のなかでの振る舞いのことをあらわすために、キーンさんは何度もinsightという言葉を使っていました。翻訳では「洞察」ではなく「じっくり頭のなかで考えて発見したこと」という訳語をあてました(『理解するってどういうこと?』「訳者あとがき」363ページ)。

ブラウンの言う「観察」「洞察」は、いろいろな現場に赴いてそこで人々が日常生活をどのようにやりくりしたいているのかをよく見極め、「人々のすること(しないこと)に目を向け、言うこと(言わないこと)に耳を傾ける」ことなのだというのですから、これはこれで理解するために極めて重要な態度です。それは、先入観を脇にどけて、問題をじっくりと時間をかけて考えようとする態度です。だから、『デザイン思考が世界を変える』のなかの「観察」「洞察」も「じっくり頭のなかで考えて発見したこと」に他なりません。

「観察」「洞察」に加えて、デザイン思考では、対象に「共感」することが大切であるとブラウンは言っています。「共感」とは「観察対象の人々と根本的なレベルでつながり合う」ことです。そのうえで次のように述べています。

共感こそ、学問的な思考とデザイン思考を隔てる大きな違いだろう。私たちの目的は、新しい知識を生み出したり、理論を検証したり、科学的仮説を実証したりすることではない。確かにこれらは私たちの共有する知的風景には欠かせない一部だが、それは大学の同僚たちのする仕事だ。デザイン思考の役割とは、観察から洞察を、そして洞察から生活に役立つ製品やサービスを生み出すことなのだ。(『デザイン思考が世界を変える』67ページ)

「製品やサービス」を「宝物」と置き換えてみれば、これは、「理解する」ということついてのとても重要な指摘であると言うことができます。ちなみに、『理解するってどういうこと?』の副題は「理解するための方法と理解することによって得られる「宝物」」です。『デザイン思考が世界を変える』が『理解するってどういうこと?』と重なる、と私が感じたのはそのためであったかもしれません。

「デザイン思考」を使って「観察」「洞察」することで「生活に役立つ製品やサービス」を生み出す過程は、理解するための方法を使って、理解の成果(宝物)を生み出す過程と似ています。『理解するってどういうこと?』の第9章には、『むこうがわのあのこ』という絵本を小学校3年生の子どもたちとキーンさんが読む場面があります。キーンさんは「これまで知っていたことや体験したことを関連づけながら話し合い共有すること」を「共感」と名づけています。「他の誰かの体験を理解するだけでなく、それを本当に共有すること」が、エリンさんが子どもたちと共有した理解の成果でした。それを彼女は「共感」と名づけて、これがじっくりと考えて発見したことの「宝物」だとしているのです。

理解のための指導は、特定の本や文章のどんな特定の出来事を思い出したり説明したりすることよりも、一つの理解のための方法や一つの理解の成果に焦点を絞ることで、どのような読みの場面においても子どもたちがよりよい読み手となる助けになるように行われるべきなのです。(『理解するってどういうこと?』355ページ)

『デザイン思考が世界を変える』は、一人一人がデザイナーのように考えてみることで、日常生活の見えていない問題や状況を発見することをうながしています。デザインをデザイナーに任せたままにしておくことは、特定の本や文章の理解と解釈を誰か他の人に任せて自分の感覚や頭で感じたり、考えたりしないことに似ています。この二冊の本は深いところで問題を共有しているように思われて成りません。そうだとすれば、『理解するってどういうこと?』も、ジャミカの問いを深く考えることから、立派に新たなイノベーションを導く考え方を探り出した本だと言うことができるのではないでしょうか。

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