『理解するってどういうこと?』を刊行していただいた新曜社から『ロボットの悲しみ』という本が出ています。この本では、岡田美智男氏をはじめとした執筆者たちが、「自立する」ということがむしろ「依存先を増やす」ことだという考え方★を一つのキーコンセプト(鍵となる概念)として、ロボットと人間との新たな関係を探っていくのです。環境心理学やコミュニケーション、発達心理学、ロボット研究の専門家たちの議論がとても面白くて、一気に読み終えました。
え? ロボットの本が「理解する」こととどう関係するかって? それが大いに関係あるようなのです。
一例を挙げましょう。『理解するってどういうこと?』の第4章に、チャールズ・レイク小学校のキャスィとジョディの教室での、リタという女の子のエピソードが出てきます。
リタはメキシコからオハイオ州クリーブランドにやってきた子で、スペイン語を母語としていて、まだ英語をうまく使えないので、文字なし絵本を抱えていました。そのクラスの教師の一人キャスィは、リタとカンファランスをしていて、部屋の本の山のなかから言葉のある本を選んでくるように言います。リタが選んだのはアレン・セイの『おじいさんの旅』。若い頃日本からカリフォルニアに渡った、セイのおじいさんの生涯を題材にしたものです。作者自身のこれまでと、その、おじいさんの生涯とを重ねて描いています。私も読んだことがありますが、半世紀近くのことが20ページほどの絵本に収められているので、結構込み入った筋立ての巧みな絵本だという印象があります。
キャスィはそのカンファランスで、少し前にこの本を読み聞かせながら実施した「大切なことを見極める」のミニ・レッスンのことを思い出して、リタ自身が大切に思ったことを考えさせました。リタはどんどん自分が大切に思ったことを言っていきます(128ページから129ページ)。結構込み入った絵本なのに、リタはミニ・レッスンの時のことを思い出して、この本の大切なテーマにかかわる発言を連発し、ついに自分で『おじいさんの旅』を読もうとするのです。
でも、英語がまだうまく使えないリタですから本のなかにとてもたくさんの知らない言葉があることに気づきます。キャスィはそれらの言葉の意味を直接教えるのではなくて、自分の知らない単語に出会ったときに「あなたにできるのはどんなこと?」と質問しました。リタは「声に出すの」と言いましたが、さらに「他にできることは?」と問いかけます。リタの次の行動は、壁にあった「知らない言葉に出会ったとき、私たちができること」というタイトルの模造紙でした。そこには、子どもたちがブレイン・ストーミングして話したたくさんの方法を、キャスィが書き留めたものです。『理解するってどういうこと?』にはその内容までは書いてありません。すぐ後に、「これもまた、自立心の促進です」と書かれてありますから、読者にも自力で考えるように工夫された「空所」なのかもしれません。私は、「知っていそうな友だちにきく(質問する)」、「先生にきく」、「辞書で調べる」、「自分の知っている言葉と似ているところがないか考える」といった内容だったのかなと思います。実際にキャスィがリタに求めたのは「知らない言葉に出会ったとき」、どのような依存先を探せばよいのかということが「自立心の促進」だというのは、最初に取り上げた『ロボットの悲しみ』に書かれてあったことと妙に符合します。
依存先を探すことのできる場所に教室がなっているかどうか、つまり、協調性のある関係のなかで知的な発達を喚起するコミュニティになっているかどうか。「依存先を増やす」ことができることは、自立した読み手を育てる環境のとても重要な特徴なのです。「自立心と協調性との緊張関係」(133ページ)があらわれるための大切な条件なのです。
★岡田氏は、熊谷晋一郎氏の「依存先の分散としての自立」(村田純一編『知の生態学的転回』東京大学出版会、109-136ページ)という論文を参考にしています。
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