2021年9月18日土曜日

読む文化を築く家族の絆

   『理解するってどういうこと?』の第3章には、エリンさんが大学を卒業する頃、母親が急性リンパ腫と診断されてから父親とともにその治療法を求めて母親が亡くなるまで半年間取り組んだ「自分の人生においてもっとも強烈な学習体験」のことが書かれています。彼女の人生にとってこの上なく悲しい出来事であったと思いますが、その20年後に書かれたこの本のなかでその時のことを振り返って、次のようにも述べています。

「母に診断が下された頃、私は自分が知的な人間であるとも、しっかり調べたり考え抜いて何かを見出し足りすることのできる人間であるとも思ってはいませんでした。知的な雰囲気を持っていた友人たちと会話することに居心地の悪さを感じていたぐらいです。ですから、私が貢献などできるわけがないと思っていました。しかし、実際に私たちは、読むこと、話し合うこと、質問すること、何かをもっと読むこと、もっと多くの質問をすること、理にかなった方法を見つけ出そうとすること、答えを熱烈に探し求めること、などを行っていたのです。」(『理解するってどういうこと?』、101ページ)

 家族のために、家族とともに、家族が直面する困難に取り組むことで「知的なことに熱烈になれる能力」を誰しもがもちうること、そして「学校であっても家庭であっても、私たちは自分たちにとってとても重要なことを学ぶときには、完全に我を忘れるという経験をする」ということをエリンさんは家族の絆をもとに発見したのです。

 印南敦史さん★の『読書する家族のつくりかた―親子で本好きになる25のゲームメソッド』(星海社新書、2021825日)の「おわりに」で、電車のなかで読んで魅了された本があったとしたら、それを「同じ家で暮らす家族」とそれを共有できると楽しいかもしれない、と書いています。そして次のように続けています。

「その結果、やがて本を読むという行為がSNSやデジタルツールよりも大きな意味を持つようになっていくかもしれません。そこまでいかないにしても、Twitterのトレンドワードで盛り上がるのと同じように、本の話で盛り上がれる機会は少しずつでも増えていくかもしれない。そこに大きな意味があるし、それがさらなる読書体験へとつながっていくのです。/しかもその結果、家族との関係がより深まっていくということだって大いに考えられます。「絶対に深まっていく」などと断言することはできませんが、少なくともその可能性は生まれるはずです。そう信じて疑わないからこそ、僕は本書を書いたのです。/「はじめに」で触れたように、そして本編を読んでいただいておわかりのように、本書の裏テーマは「家族のコミュニケーション」です。本の話題や読書を通じて家族間の交流が増えたとしたら、それは純粋に楽しいことじゃないですか。」(『読書する家族のつくりかた』229230ページ)

 『読書する家族のつくりかた』は印南さんの魅力的な読書論がこれまでの著作同様に展開されていますが、この「あとがき」にも書かれているように、家族の絆を深める読む文化づくりの提唱★★であると捉えることができます。印南さんは本書で25の「読書」のゲームメソッドを具体的に提案しています。たとえば、「読書ゲーム4」に「借りてきた本公開ゲーム」は次のようなものです。

「・家族で図書館へ行き、(30分後など)集合時刻を決めてから散らばる

 ・各人がそれぞれ、興味のある本を借りる

 ・集合してからも、選んだ本の話はしないでおく

 ・帰宅後、みんなで借りてきた本を公開し合い、選んだ理由を家族に明かす」

                                                 (『読書する家族のつくりかた』109-110ページ)

 とてもシンプルです。しかし、これだけのことで「興味のある本」を選ぶということを家族の皆がやることになりますし、帰宅するまで「選んだ本の話はしない」ことで、後のお楽しみがうまれます。そして、借りてきた本を公開して「選んだ理由」を明かすことで、家族間の交流ができます。何か言葉を交わすことができますね。

 その際に「特定の本を否定しない」「押しつけない」「読めなくてもOK!」というところが大切だと言っています。そして「子どもが自分の尺度やイメージだけで選んだ本だったとしても、その選び方にはなんらかの意味がある」「「自分で選んだ」という事実が、その後の読書体験にもよい影響を与える」と言ってもいます。とても重要なことですね。こうしたことをお互いに守っていけば「借りてきた本公開ゲーム」を家族で楽しむことができるだけでなく「選んだ本を」きっかけにして、自分の知的な理解能力にも家族の知的な理解能力にも気づくことができるようになるでしょう。

 他の24の「読書ゲーム」もいたってシンプルなもので、家族で取り組みやすいものです(ぜひ『読書する家族のつくりかた』を手に入れて確かめてください!)。シンプルですが奥行きは深く、家族間でさまざまに言葉を交わす仕掛けになっています。エリンさんが言っている「読むこと、話し合うこと、質問すること、何かをもっと読むこと、もっと多くの質問をすること」そして「理にかなった方法を見つけ出そうとすること、答えを熱烈に探し求めること」を引き出すトリガー(引き金)になります。それは家族の一人ひとりを理解し、その絆を深めるきっかけであると同時に、家族でさまざまな理解の種類の特徴を語り合う場をつくることでもあります。

 

RW/WW便りでは、「フロー・リーディングのすすめ」(2016520日)で『遅読家のための読書術:情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイアモンド社、20162月)を、「「自分に必要なかけら」を見つけ出し、結び合わせる(2020620日)」で『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書、2018年)を、それぞれ取り上げています。

★★1960年代に椋鳩十さんが提唱した「母と子の20分間読書」や、1990年代に村中李衣さんが提唱した「読みあい」とも共通した部分があると思いました。

0 件のコメント:

コメントを投稿