2025年4月18日金曜日

「本を選ぶことは明日の自分を選ぶこと」

古賀史健さんの『さみしい夜のページをめくれ』(ポプラ社、2025年)という本を読みました。海のなかの生き物たちを擬人化した同じく古賀さんの『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社、2023年)と同じく主人公の〈タコジローくん〉が、この本でも語り手です。『さみしい夜にはペンを持て』では〈ヤドカリのおじさん〉が〈タコジローくん〉の「書くこと」の導師でしたが、この本ではおまつりの日にバスターミナル広場の路地で、占い師の〈ヒトデ〉に出会います。その〈ヒトデ〉に読むという行為について大切なことを教わっていきます。きっと〈ヤドカリのおじさん〉や〈ヒトデ〉さんは、本のなかで著者の古賀さんの考えを代弁する人物なのでしょう。読み書きのリーダーないしコーチのような存在です。それだけにこの人物たちが〈タコジローくん〉にかける言葉は、読者である私の胸にもしっくりとなじみます。

 『さみしい夜のページをめくれ』のなかで〈ヒトデ〉が〈タコジロー〉に向けて語ったことで私の印象に残ったのは「本を選ぶことは明日の自分を選ぶこと」という言葉でした。もちろん、本を選ぶという行為はが、どうして「明日の自分を選ぶこと」になるのでしょうか。不思議ですね。〈ヒトデ〉と〈タコジロー〉たちの会話を立ち聞きしてみましょう。

 

「アタシたちはずっと、『選んだおぼえのない自分』を生きてきた。中学生や高校生くらいま  では、とくにそうだ。選んでいいのはお菓子くらいで、大事なことはなにひとつ選べやしない」

 ぼくたちは黙ってうなずく。

「でも、家を出る。本屋さんに行く。本棚を眺める。

 そこでは、学校じゃ決して聞かせてくれないような話が、堂々と語られている。

 むずかしい話もあれば、おもしろい話、

 危険な話、残酷な話、

 思わず耳を塞ぎたくなるような話

 だってあるだろう。

 そしてアンタは、一冊を選ぶ。

 両親も知らない、学校の先生も知らない、

 仲良しの友だちだって知らない、

『自分だけの一冊』を選ぶ。

 それは、本を選んだんじゃない。

 自分の進む道を、選んだんだ。

 自分はこっちを信じる。

 自分はこっちに一歩踏み出すんだ、ってね」

「・・・本を選ぶことは、自分を選ぶこと?」

「ああ。そして自分を選んだその瞬間、

 アンタはもう、子どもじゃなくなるの」

(『さみしい夜のページをめくれ』297299ページ)

 

 「本を選ぶ」ということが、選んだその人の成長の一コマになるということを〈ヒトデ〉は言っているのです。たかが「本を選ぶ」ぐらいで人生が左右されるわけではない、と考える人もいると思いますが、されど「本を選ぶ」です。図書館や本屋の本棚の前で「『自分だけの一冊』を選ぶ」、それを幾度か繰り返してみると、以前とは違う自分が顔を出します。〈ヒトデ〉の「子どもじゃなくなるのさ」とはそのことを言っているのです。

 ここで〈ヒトデ〉の言う「子ども」とは「選んだおぼえのない自分」のことです。「『自分だけの一冊』を選ぶ」ということは、素朴な行為ですが、その「選んだおぼえのない自分」に別れを告げることです。「明日の自分を選ぶ」ことは、「選んだおぼえのない自分」からすれば、とんでもなく大きなことです。

 それを自力でできるようになるのは容易ではありません。〈ヒトデ〉のようなサポートしてくれる存在が必要なのだと思います。では、「選んだおぼえのない自分」が「自分で選ぶこと」ができるようになるためにどのようにサポートしていけばいいのでしょうか。『理解するってどういうこと?』には次のようなことが書かれています。

 

・一年を通して教師たちから選書について継続的にいろいろなことを教わりながら、次第に子どもたちが自分で適切な本を選べるようにします。

・教科書の教材を扱うだけでなく、ひとまとまりの本(一組の関連しあった本)を読むことによって、子どもたちは、さまざまな作者、テーマ、ジャンルの間に重要な関連づけができるようになります。

・教師がモデルで示すことは何より大切です。教師は自分が本を選んだり推薦したりするさまざまな方法をモデルで示し続ける必要があります。

・子どもたちは自分で選んだ本を実際に試してみる方法を見につける必要があります。たとえば、12ページが部分を試しに読んでみたり、考え聞かせをしてみたり、五本指法(知らない単語やよくわからない考えに出会ったら指を折って数える方法で、1ページに5本以上だと難易度が高すぎると判断する)などを試したりします。

(『理解するってどういうこと?』228ページ)

 

 『さみしい夜のページをめくれ』を手に取っていただくと、〈ヒトデ〉がおうしたことを実にうまく〈タコジロー〉たちの前でやっていることがわかります(四番目の「方法」についてはこの通りではなく、〈ヒトデ〉独自の魅力的な「方法」が示されています)。だから〈タコジロー〉たちも「自分で選ぶこと」の持つ大切な意味を実感することになるのです。それがどんなふうになされるのか。是非この本を手に取って読んでください。

 『さみしい夜のページをめくれ』はこの3月に、帰省していた実家近くの書店の店先で見つけました。『さみしい夜にはペンを持て』の続編であるということはすぐにわかりましたので、迷いなくその一冊を選びました。その時、この本を選んだからこそ、私は今日この文章を書くことができています。この本と出会ってちょうど一月ほど経ちましたが、ひと月前に私は「明日の自分」を選んだことになります。選んだから書くことができたのです。〈ヒトデ〉の言った通りです。

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