(全ての人物の名前は仮名です。障害特性や学習場面等にも、ある程度のフィクションが入っています)
秋も深まり、最近、学校の敷地内の樹木が大胆に剪定されています。冬に向けて樹木は力を蓄えるそうで、冬の前の剪定は次の春に芽吹き、剪定のダメージを乗り越えて成長を促進する効果があるとか。それでも、あまりに大胆に切ってしまうので、葉が落ちる様子を見続けてきた私にとっては、寒々しく感じてしまいます。
成長が目覚ましい浩一郎くんの作品
特別支援学級の「作家の時間」では、剪定された樹木とは逆に、最近、4年生の浩一郎くんの成長が目覚ましいです。浩一郎くんの語彙が増え、目的をもって行動ができるようになっているなあと、一連のやり取りをした後にふと気が付くことがあります。彼のことは彼が小学校1年生の頃から見ているので、じんわり嬉しくなります。
これまでの作家の時間では、ショッピングセンターのフロアーマップなどを画用紙やタブレットに表現していました。文章を書くのではなく、「クリーニング」や「エレベーター」などの単語を横から見た建物の絵に表現していたのですが、ここにきて、彼に変化が生まれています。
浩一郎くんのタブレットを覗き込もうとすると、いつものように「やめてー」「みないでー」と隠されてしまいます。出版原稿の締切日が近づき、提出ボックス(タブレットで作った原稿を提出するためのアイコン)を開いている状態でした。授業後に提出ボックスを確認すると、浩一郎くんのファイルが提出されていました。見ると、「アンパンマン」がショッピングセンターのエレベーターに乗ったり、買い物をしたりする流れのある文章がテキストで書かれていました。
驚きました。私は、浩一郎くんが画面上のひらがな50音のキーボードを使って、自分の入力したい言葉を入力しているのを見ています。彼が書く姿を直接は見られないのでこれは推測ですが、きっと予測変換機能を活用しているのだと思われます。予測変換を使っても、浩一郎くんが表現したい言葉を選択しているのは事実です。おそらく、タブレットを使っている小学生でも、予測変換を活用して文章を書くことができるようになっている児童は、一定数いるように思います。それが、効果的か、それとも成長を阻害しているかは、判断が分かれるところですが、成長が目覚ましい浩一郎くんにとっては、本当にジャストフィットの支援になったと思います。
私は、作家の椅子(自分の作品を発表する場)で浩一郎くんの作品を代読しました。彼はこういうときに、とても恥ずかしがって廊下に逃げてしまうのですが、わざと聞こえるように、「本当に素晴らしい作品だ! 拍手!!」と叫んで、みんなの思いを届けるようにしました。彼は恥ずかしい気持ちを椅子の上で丸まるという行為で示しましたが、荒れることはありませんでした。
新しい技術がその子にどのような影響を与えているか
1ヶ月前のブログで、生成AIについて否定的な意見を書きましたが、浩一郎くんは確かに、予測変換という彼にとってちょうど良い支援を生かして、文章を完成させることができました。文章で自分の思いを表現するというすばらしい体験をすることができたように思います。「生成AIが良い・悪い」「予測変換が良い・悪い」の議論ではなく、その子が書き手として成長できる支援として、生成AIや予測変換が適切だったか、そのような議論が必要なのだと思います。使い古された表現ですが、やはり、その子どもを中心に考えなければなりません。
「窓に詩を書く」実践
風越学園の澤田さんが行なっていた実践で、「窓に詩を書く」というものがあります。軽井沢の美しい自然が見えるいつもの学校の窓に、先生や子どもたちが紹介したい詩が窓に書かれています。
https://askoma.info/2023/09/02/9836
澤田さんの実践は詩を紹介する場として窓を選んでいますが、私の場合は子どもたちの作品の出版の場として窓を使っています。タブレットで撮影した景色や植物などの写真に、言葉を添え、季節の詩を書いています。今回は、写真ではなく、窓にしてみたわけです。
窓は写真と同じように風景を切り取ることができますが、写真と違って静止画にすることはできません。秋が深まれば風景は変化し、天気によっても見え方が異なります。窓に書かれた詩は、見る人の心情だけでなく、窓から見える今日の景色によっても変化して見えることでしょう。詩と読み手の心情、それから窓から見える風景で、その一瞬が特別なものになるかもしれません。窓の景色が仲介となって、書く人と読む人とを繋げる営みも、とても情緒深いものだと思います。
浩一郎くんと窓
浩一郎くんにとって、窓は特別な存在でした。彼は「収まるべき状態に収める」ことが好きなのです。例えば、水道の蛇口が上向きになっていることに納得がいかず、目についた全ての蛇口を下向きにします。たくさんの靴を片方だけひっくり返す(彼にとっては収まりがよく感じられるのかな?)ということもやっていました。そして、窓も例外ではありません。最近では帰り際に、廊下のすべての窓がしまっているかを確認し、その鍵を固定するロックも確認します。彼にとって窓を閉めるという行為には、「また明日来る学校を、そのままの状態にとっておく」という意味があるのかもしれません。
浩一郎くんはまず、学校の窓から好きな窓の写真を撮ってきました。そして、そこにテキストボックスで好きな言葉を書きました。そこには、小さな文字で「窓。」と書かれていました。句点の「。」も大切なようです。私が黒板に「窓」とだけ写すと、「丸(。)も書きます!!」としっかり要求してきました。
タイトルは決まりましたが、しかし、それ以降どう進めるのか決まらず、私が「窓から何が見える?」と聞いても、「嫌だ!」と言われ、良い反応はありませんでした。どうやら窓越しに見える季節の移り変わりや人々には興味がない様子です。浩一郎くんは、私の質問や提案に「違う!!」とか「嫌だ!!」とか言いながら、鍵を開けたり閉めたりしています。そこで、私は、「鍵を閉めますか?」と聞きました。すると、「鍵を閉めます!」という返事。ああ、そうかと思いました。浩一郎くんは景色ではなく、窓そのものが好きなんだと。そしてだからこそ、タイトルも「窓。」だったんだと。
私自身が、彼の思考を思い浮かべながら、予測変換のように、候補になりそうな言葉を挙げていきます。子どもと生活をともにしているので、浩一郎くんにとって最適な予測変換は、コンピューターにも負けない精度です。しかも、意図的に浩一郎くんが考えていないような言葉を挙げて、彼の反応を確かめるようなアセスメントも行うことができます。
「鍵をかける?」と聞くと、考えています。あまり返事がないのは、彼が「ちょっといいかも」と思っているサインです。「透明は?」「違う!!」と明確に返してきます。そして完成した詩が、こちらです。
窓。 浩一郎
鍵かけた?
ロックをしましたか?
また明日。
棚によじ登って、一生懸命に書く浩一郎くんは、新鮮でした。この詩は、教室で生活する子どもだけでなく、大人にも読まれることでしょう。そして、夕暮れに校内を見回りする教頭先生もこの詩と出会うことでしょう。「窓。」が、学校で生活する誰かの、一期一会になるといいなと願っています。
実践されたい方へのTIPS
- 事前にこのような実践を行うと、校内に周知する方が良いでしょう。「『窓ガラスに詩を書こう』の掲示中」などの小さな張り紙があると、より丁寧です。
- 「今日は曇りだけど、晴れたら何が見える?」「朝の光と帰りの光は何か違う?」「秋が深まれば、この木はどうなる?」など、窓の景色は変化をすることを意識できるようにします。
- 窓ガラス用のペンを使うべきです。時間が経っても、布で拭き取ることができます。
- 窓ガラスをきれいにした後、よく乾燥させてから書きます。
- 窓は高いので台を使いました。安全にかけるように配慮してください。
- 写真を撮っておいて、紙の出版に使ってもいいよと伝えました。
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