先月の『生徒指導をハックする』に続いて、訳者の一人の中井悠加さんが本の紹介をしてくれました。
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「読むことを嫌いにしてしまうようなら、クラス全体で教科書や国語の勉強をすることに果たして意味があるのでしょうか?」
本書の著者であるジェラルド・ドーソンさんは、読者の私たちにこう問いかけます。この本の中では、そうした「国語の授業」や「教科書」について直接批判をしたりそれらの問題点を指摘したりするわけではありません。むしろその代わりに、教室を、本を読むことが大好きな生徒でいっぱいにするような、ワクワクするアイディアが紹介されています。それらのアイディアを読むことで、学校でこんなふうに本に出合っていたら、いつも本を抱えて歩くこと、ふとした時に本を開くこと、本を読んで誰かと語り合うことがもっと好きになっていただろうな、と自然と思わされたのは事実です。国語の授業はこうした本との出合いを支援する「読む文化」をどれだけつくれているだろうか、という思いが、翻訳書の副題である「読むことを嫌いにする国語の授業に意味があるのか?」に込められています。
本書で紹介されている方法は、取り組みそのものはシンプルで「明日から早速やってみよう!」と思えるものばかりです。私は、この「明日から」という、継続した取り組みになることがもっとも大切だと思っています。文化をつくることや習慣をつくることは、根気の必要な取り組みであり、アイディアのひとつひとつが「すぐ明日使える」ものだったとしても、効果がその次の日に現れるわけではありません。ドーソンさんは、そもそも「読む文化をつくる」ことにはっきりとした終着点はなく、それをめざして日々取り組む過程そのものに意味があり、それこそが目的だと述べています。
すぐ目に見える成果を得るための近道を探すのではなく、むしろカットしてしまってきたことに目を向け、その道をじっくりと進んでみた時に見えるもの、得られるものがたくさんあることを本書は改めて教えてくれます。その姿勢は、まるで1冊の本を最初から最後までじっくり味わいながら読み進める「読書家」の姿のようです。
そうだと分かっていても、やはりカリキュラムの制約の下で日々の仕事にも追われ、外から成果を求められる中で、そんな悠長にじっくり「文化づくり」に取り組むことが出来るのだろうか、と不安に思う方も多いことと思います。本書では、①読書家としてのアイデンティティーの育て方を基盤として、②読むことがカリキュラムにぴったり合うような文化づくりの進め方、③読むことが当たり前になる教室環境としての図書コーナーのつくり方、④読むコミュニティーづくりに役立つ評価方法、そして⑤本が宝物のようになる学校文化のつくり方が紹介されています。きっと著者のドーソンさんも、日本の教育現場が抱えるものと同じような悩みとたたかいながら実践に取り組み続けてきたのだろうということが、これらの「ハック」を見るだけでも読み取れます。
もちろん、「読む文化づくり」はこの本に書いてあることがすべてではありません。本書が、手に取ってくださった方々にとって、自分の視野を超えた外の世界にアクセスし、もっと色々な情報を集めて学び考えたいと思えるきっかけとなることを願います。
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