『理解するってどういうこと?』の第6章「理解のルネサンス」206ページには表6・1として「ルネサンス的思考を推進する教室」の特徴が11挙げられてますが、その最初に掲げられているのはこの世界のありとあらゆるテーマについて「たくさんの質問を自ら作り出し、書きとめ、そして振り返る」という行為です。「質問する」というのは「理解のための七つの方法」の一つでもありますが、とくに「ルネサンス的思考」を導くうえではとても大切な方法だということになります。ミケランジェロもダ・ヴィンチも「子どものような好奇心」をもちながらたくさんの「質問」を自らつくり出してそれを探ったからこそ、世界の「今まで知らなかった側面を発見する」ことができたわけです。
しかし「質問」をつくり出して「今まで知らなかった側面を発見する」ためには何が必要なのでしょうか? そんなことを考えながら、最近購入した神田房枝さんの『知覚力を磨く―絵画を観察するように世界を見る技法―』(ダイアモンド社、2020年10月)を、冬の夜のひとときに開き、読み始めました。
神田さんはこの本のなかで「自分を取り巻く世界の情報を、既存の知識と統合しながら解釈すること」の重要性を指摘してします。すなわち「知覚」です。これがあるからこそ私たちは世界を「意味づける」ことができるというのです。「思考」も「解釈」も「知覚」することから始まるのです。そして「知覚」を磨くためには、①「知識」を増やす、②「他者」の知覚を取り入れる、③知覚の「根拠」を問う、そして④見る/観る方法を変える、という四つのことが重要であると言っています。とりわけ、四番目の「見る/観る方法を変える」ことが「知覚」の質を高めるとも。
「見る/観る方法を変える」ということは「自分の目が「何を/いかに見るのか」ということをコントロールしてく」ことだとも言っていて、そのモデルとして取り上げられているのが他ならぬ、ダ・ヴィンチだというのです。ダ・ヴィンチは「観察」すなわち「純粋に見る」ことの名手だったわけですが、その行為はどうして重要なのでしょう。神田さんの言葉を引きます。
「マインドアイ」で見る/観ることによって「メンタルイメージ」を生み出すこと、それが「知覚」を磨くことになるのだという神田さんのこの考え方は、『理解するってどういうこと?』の「ルネサンスの思考」の特徴と重なります。ただ世界をボーッと眺めるだけではダ・ヴィンチのように発見をすることはできません。「マインドアイ」を働かせて「メンタルイメージをつくり出す。そしてその「メンタルイメージ」を修正しながら世界を捉えていく。それは考えながら世界と向き合っていくということに他なりません。そのようにして「見る/観る方法を変えていく」ことによって、「見えないものを観る力」がはぐくまれていくというのです。
神田さんの方法論は、124ページ以降で「絵画を観察するように世界を見る方法」として実に具体的に示されることになりますが、それは『知覚力を磨く』をぜひ読んでください。一つだけ例をあげます。この本の152ページから153ページの見開きには一枚の絵が掲げられています。その絵(あえて誰の何の絵かは書かないでおきます)をじっくり眺めた後で、その絵には戻らないで次のような三つの質問に答えてくださいと神田さんは書いています。
恥ずかしながら、私はこの三つの質問に十分答えることができませんでした。しかし、この質問についての神田さんの回答を読みながら、いかに自分が見ているようで観ていないのかということを思い知らされました。三つの質問を考え、神田さんの文章を読んだ後で、もう一度その絵を観ると、自分がいかに「マインドアイ」を働かせていなかったかということが、とても具体的なかたちでわかり、しかしそれは以外にも悔しいことなどではなく、むしろ驚きにも似た思いを抱きました。気づかなかったことで得をしたような思いです。
絵画についての観察による解釈を示すことに加え、神田さんは、シャーロック・ホームズの言葉を引きながら「多様な解釈を引き出せるような眼のつけどころを観ることこそが、観察の神髄なのです」と言っています。「絵画を観察するように見る方法」を使うことで「今まで知らなかった側面を発見する」という理解の種類が出現するのです。神田さんの『知覚力を磨く』を読むことで「理解する」とはこういうことを言うのかという発見が私の頭のなかに刻まれたわけです。とても重要な「知的な宝物」をいただいた幸福な気分で、その夜はぐっすり眠ることができました。
★ちなみに『知覚力を磨く』の著者紹介欄には、神田房枝さんについて「法人教育コンサルタント/美術史学者」に加えて「ダヴィンチ研究所ディレクター」とあります。私が『理解するってどういうこと?』第6章の内容と『知覚力を磨く』との親和性を強く感じたのは当然のことだったのかもしれません。
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