「理解の種類とその成果」は、エリンさんの『理解するってどういうこと?』の中核です。「理解の種類」は私たちの生活(人生)のなかで起こることで、その「成果」は私たちの頭のなかで起こります。これらは、小学校2年生のジャミカの「理解するってどういうこと?」という問いを探究するなかで、エリンさんの次のような問いから生まれました。
「子どもや大人が知的に熱中しているときや、深く理解するときには、どのような特徴があるのでしょうか? 深いレベルの理解をもたらすためのツールとして7つの理解するための方法を用いるとき、読み手にはどのような成果がもたらされるのでしょうか? 子どもたちや大人たちが自分の読んだものを理解し、それを身につけ、他の場面で応用できるというとき、何か共通した成果があるのでしょうか?」(『理解するってどういうこと?』57ページ)
「理解する」ことをいざなうのは教育の大切な目標です。学ぶ人の頭のなかで理解の「成果」が起こるにはどうしたらいいのでしょうか? これは授業者が切実に抱く問いですが、すぐれた表現者が心に抱く問いでもあります。
ハリウッド映画のヒット作の脚本を分析しながらこの問いに迫った本を読みました。カール・イグレシアス(島内哲朗訳)『「感情」から書く脚本術―心を奪って釘づけにする物語の書き方―』(フィルムアート社、2016年)です。いい脚本を書くためにどういうことに配慮すればいいのかということを示した本であり、巧く語るための「道具箱」でもあります。ですから、脚本執筆の入門編ではなく上級編です。だからこそ「理解する」ことを誘う「術」がとてもわかりやすく示されています。
著者イグレシアスは「登場人物が激しい感情をむき出しにしているのに白けてしまうという映画は何本も見ているはずだ。心が震える理由がなければ、客は飽きてしまう」と言い、ある作家の言葉を引用しています。すなわち、「大事なのは、読んでいるそのページで何が起きているかじゃない。読んだ人の心の中で何が起きたか。それが肝なんだ。」(24ページ)。読んだ人の「心の震える」作品をつくることが「読んだ人の心の中で何が起きたか」に焦点を絞ることであるというこのような主張は、理解の「成果」にターゲットを絞ることでもあります。
では「心の震える」作品には何が必要か。
イグレシアスは、映画の観客が三つの感情をもつと、その作品に引き込まれると言っています(22ページ)。「見たい」(Voyeuristic=覗きたい)という感情、「わかる」(Vicarious=相手の気持ちになる)という感情、「理屈抜き」(Visceral=本能で感じる)感情、という三つです。
本書では、これらの感情を抱かせるために必要なことがらが、「読者」「コンセプト」「テーマ」「キャラクター」「物語」「構成」「場面」「ト書き」「台詞」のそれぞれについて実例を交えて詳しく説かれていきます。いずれも観客の「心」が「震える」条件を探っています。
たとえば、「キャラクター」(登場人物)の造型に必要な「5つの質問」を取り上げたくだりがあります(87ページ)。
1 この物語の主役は誰か(タイプ、特徴、価値観、欠点)
2 何を求めているのか(欲求と目標)
3 なぜ求めているのか(動機と必要性)
4 失敗したらどうなるか(代償の大きさ)
5 どのように変わるのか(内面的変化の軌跡)
脚本を書くための本なので、このような問いに答えるようにして「造型」することによって、「心の震える」登場人物の造型ができるようになるということなのですが、物語や小説の理解に応用してみると、登場人物を詳しく知る手がかりになります。のみならず、その物語や小説の表層の理解にとどまらず、深いレベルで理解していくことに繋がっていくでしょう。いきおいそれは、登場人物の「変化」の意味を考えることになり、読者である自分自身の「変化」を意識することにもつながります。脚本家がその「変化」を明らかにする方法として「2行の対応表」というアイディアが示されています。
「1枚の紙に線を引き、横2行の表を作る。1行目には「私がこのキャラクターについて知っていること」と見出しをつける。その下に、主な特徴を書きこんでいく。隣の行には「見せ方」と見出しをつけ、最初の行に羅列された特徴をどのようにドラマとして見せるか書き込んでいくのだ。」(101ページ)
シンプルなアイディアですが、物語や小説を「理解する」きっかけになると思います。登場人物について気づいていなかったことに気づくきっかけになるからです。このようにして「キャラクターと一緒に感じ、置かれた状況や感じ方、そして動機を理解する」ことが「共感」だとして、「キャラクターを好きになって応援したいと思う」「同情」とを区別することが大切だと言っています。そして、キャラクターの行動や欲求や感情を認識したときに「キャラクターと読者の心は結ばれ」「深い絆が結ばれる」と言っています(112~113ページ)。
『理解するってどういうこと?』の第9章で、エリンさんと子どもたちがロバート・コールズの『リビー・ブリッジス物語』を読みながら、「共感」という理解の成果を手に入れるくだりを思い出します。登場人物と読者の心が結ばれることによって、読者のあいだにも「深い絆」という理解の成果が生まれるのです。
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