深く学ぶために必要なこと
早川書房と聞くと、SF小説やミステリー小説を連想する人も多いと思います。私もその一人です。でも、そうではない本もたくさん出版していて、面白い本が多い。チップ・ハース&ダン・ハースの『決定力!:正しく選択するための4つのステップ』(千葉敏生訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2016年)もその一冊です。
この本の副題になっている「正しく選択するための4つのステップ」とはどのようなものでしょう。著者は4つのステップの頭文字を使ってそれを「WRAP」と呼んでいます。訳者の千葉さんが本書解説の406ページに示しているものを引用します。
(W)選択肢を広げる(Widen Your Opinion)
(R)仮説の現実性を確かめる(Reality-Test Your
Assumption)(A)決断の前に距離を置く(Attain Distance Before Deciding)
(P)誤りに備える(Prepare To Be Wrong)
『理解するってどういうこと?』には、七つの「優れた読み手が使う理解するための方法」が何度も出てきます。『決定力!』の「WRAP」は、「大切なところを見極める」という「理解するための方法」を使うときの手がかりになります。「大切なところを見極める」ことができれば、その本や文章について考えるための立脚点ができます。だからこそ「理解する」ためには大事なのですが、「大切なところを見極める」には何をどうすればいいのか。
たとえば、『決定力!』には次のようなことが書かれています。
・「夫は自分勝手だと思うけど、私を気遣ってくれている場面も記録しておくべきかもしれない」「同僚は失礼で無愛想に見えるけど、本当は無愛想なのではなくて、私に時間を取らせまいと気を遣ってくれているのかも?(逆に、私が雑談しようとして相手の時間を奪っているのかも?)」。この「逆を考える」というシンプルな手法で、厄介な認知のバイアスの多くを抑えられることが数々の研究で実証されている。(167ページ)
・選択肢を評価するとき、私たちは無意識のうちに内部の視点に立つ。スポットライトの当たっている情報を検討し、そこから第一感を導き出してしまう。(中略)ところが、これまで見てきたように、ズームアウトとズームインの二つを使えば、このバイアスを修正することができる。
ズームアウトとは、外部の視点に立ち、自分と似た選択をした人々の経験から教訓を学び取ることだ。ズームインとは、状況をクローズアップし、意思決定の参考になる“色合い”をとらえることだ。どちらの戦略も有効であり、会議室でうだうだと話をしているだけではめったに得られない洞察をもたらしてくれる。(201ページ)
・一時的な感情を重視しすぎるバイアスは、逆の効果をもたらすこともある。道路で目の前に割り込んできた運転手にカッとなるように、私たちは一時的な感情のせいで我を失い、慌てて行動しすぎてしまうこともある。(中略)しかし、本書でずっと見てきたように、バイアスは必然ではない。簡単な心の切り替えを行うだけで、感情と距離を置くことができる。そのためには、時間軸の切り替えや視点の切り替え(「親友に何とアドバイスするか?」)が効果的だ。時間軸や視点を切り替えることで、状況の輪郭をより鮮明にとらえ、難しい意思決定に直面したときでも、賢く大胆な決断ができるようになるからだ。(258~259ページ)
いずれも、選択という行為につきものの「バイアス」(偏り)をどのようにすれば捉え直すことができるのかということに触れたものです。本や文章の「大切なところ」を決めるために何をどのように吟味していけばよいのかということを考えるヒントになるのではないでしょうか。
自分の選んだ「大切なところ」について、「逆を考え」たり、「ズームアウト」「ズームイン」したり、「切り替え」を行ったりすることによって、「大切なところ」を選んだ自分の選び方を再考したり、読んでいる本や文章を新たな目で見直し、捉え直していくことができます。もちろん、『決定力!』は意思決定についての本であって、文章理解についての本ではありません。しかし、「理解するための方法」を使いながら本や文章から深く学ぶためには何が必要かということを教えてくれるのです。「深い学び」の「深い」の意味も教えてくれます。
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