2015年9月25日金曜日

なかなか読めない/読まない子たちへのサポートの仕方



教師にとって大切なことは、
     自分なりの学ぶこと、読むこと、教えることの理論をつくり出す。しかし、それは常に暫定的なものであることを認識する。 ~ 「理論」が大きすぎるなら、「大切にしていること」「価値をおいていること」で考えてみる!
     おもしろいと思ったことや疑問に思ったことは、同僚/友人に話してみる。反応して/フィードバックしてもらう。

第2章 読みはどう機能しているのか
10 多様な方法で子どもたちは読めるようになっている。方法とは関係なく(?)、読めるようになっている。でも、読めない子がいるのも確か。~ 読みたくない子はもっとたくさん!!

  教え方とは関係なしに読める子たちの頭の中には、読むための仕組み◆が出来上がる。思考回路が。それに対して、読めない子たちの中には、その仕組み/回路ができないというか、不完全の部分が多い。
  では、その仕組み(回路)とはいったい何か?

◆ 読み手の頭の中で起こっていること = 思考の回路

  予想する/推測する/質問する/イメージする/関連づける/モニターする/修正する/評価・分析する/何が大切かを見極める/例える/スピードを保つ など。

※ 読めない子たちには、この意味づくりと問題解決のための仕組みが欠落している。

20 これらは、バラバラに行われているのではなく、統合・関連する形で行われている。
 従って、教える時はバラバラに教えた方がいいが、統合した使われ方こそがこれらの価値であることを忘れてはならない。 ~ それが、人の脳の機能!!

   書くプロセス(仕組み)が幼稚園児だろうと、作家だろうと同じなように、読むプロセス(仕組み)も誰であろうと同じ。
22 これらの仕組みは、使えば使うほど、自分のものになる。

第3章 ヴィゴツキーの理論の大切さ
25 『ヴィゴツキーの新・幼児教育法』
  ヴィゴッツキーから特に学べること3点:
              ●ZPD(誰かの助けで学べる領域)でこそ一番よく学べる
              ●学ぶときに言葉は決定的に大事
    ●環境・雰囲気が大切(コミュニティとしての学びを可能にする)→ 話し合い
     や協力して取り組むプロジェクト

 子どもたちの学びなしで、教師の教えるという行為はあり得るか? → 別な言葉でいうと、「教えること = 学ぶこと」ではない!! 
 単に何かをやらせることと、教えることの大きな違い。それは、ZPDを意識できるかどうか。

    ヴィゴツキーの学びの理論を図化すると、以下のようになります。一番内側の円が、ZAD=すでに学べている領域。真ん中の円が、ZPD=誰かの助けで学べる領域。そして一番外側の辺が、学びの領域の外側です。徐々に内側の円を広げるプロセスが学びと言えます。

ヴィゴツキーの学びの理論

ZPDは、子どもたちによって多様なので、一斉授業は効果がない。
そこで効果的なのが、カンファランスおよびピア・カンファランスということになる。

35 どれだけ一人ひとりの生徒を知れるかと、教え方/サポートの仕方の個別化を意味する。 ~ 要するには、カンファランス・アプローチ。
 生徒を知れないで、教えることは難しい。カバーすることはできても、教えてはいない。

47 教師が使う言葉/サポートの仕方の変化:
              ・して見せる               = 読み聞かせ、考え聞かせ
              ・いっしょにやってみる                                 = シェア読み
              ・ガイドしながら練習のチャンスを提供する = ガイド読み
              ・足場をとって、生徒自らでできるようにする
              ・具体的にほめたり、修正のための情報を提供する

  以上は、Catching Readers Before They Fall : Supporting Readers Who Struggle, K-4
by Pat Johnson and Katie Keier からのメモでした。(数字はページ数)

※ ここまで、なかなか読めない/読まない子を対象に書いてきましたが、同じことは読むのが好きな子やよく読んでいる子にも言えます。そして、書くことにも、他の教科にも!!

2015年9月18日金曜日

『たった一つを変えるだけ』と『理解するってどういうこと?』


 
 
 
 自分がブルース先生の教室の4年生の一人であると想像できますか? こんなエネルギーを一日中浴びると想像してください! きっともっと自分から質問して、答えを探りたくなるとは思いませんか? もっと自分の怖れに向き合ったり、感情を表現したり、そうした感情を使って自分が読んだものからより深い理解を引き出すだろうと思いませんか?(『理解するってどういうこと?』第9章 342ページ)
 
 『理解するってどういうこと?』には少なくとも2度、ブルース・モーガン先生という魅力的な人物が登場します。彼はいつも子どもたちに問いかけ、子どもたちの内面を耕し、思考を活性化する先生でした。あの本を訳しているあいだも、その後も、活気溢れるブルース先生のような人になることは、どのようにすれば可能なのだろうかと考えていました。
 先々週この「RW/WW便り」で紹介されたダン・ロスステインとルース・サンタナ(吉田新一郎訳)『たった一つを変えるだけ―クラスも教師も自立する「質問づくり」―』(新評論, 2015)は、ブルース先生のような知性と感性を育てるために何が必要なのかということをわかりやすく伝えてくれる本でした。四六判300ページ弱、少し時間を見つけること のできた日の午前中に一気に読み終えました。また、そういう読み方ができるような、わかりやすくて印象に残る日本語が、訳文として選び取られています。
 どういうことが書かれている本かは手に取って読んでいただくほかありませんが、この本の目次は、この本のキーワードと何が書かれてあるかを、きわめてわかりやすく示しています(スペースの都合で章見出しだけ掲げますが、実際は章見出しの下のレベル(節)までありますので、もっとわかりやすい!)。

 はじめに

 第1章 質問づくりの全体像――多様な思考力を磨く方法

 第2章 教師が「質問の焦点」を決める

 第3章 質問づくりのルールを紹介する

 第4章 生徒たちが質問をつくる

 第5章 質問を書き換える

 第6章 質問に優先順位をつける

 第7章 質問を使って何をするか考える

 第8章 学んだことについて振り返る

 第9章 教師や指導者へのアドバイス

 第10章 生徒もクラスも変化する――自立した学び手たちのコミュニティ

 おわりに――質問と教育、質問と民主主義

 『理解するってどういうこと?』の資料A「理解するための方法とは?」にある七つの理解するための方法の一つに「質問する」があります。読む前は、この『たった一つを変えるだけ』は「理解するための方法」の一つの教え・学びについての本かなと思いました。
 しかし、見事に予想が裏切られました。たとえば、第4章では生徒たちの質問づくりの事例が示されていますが、質問づくりのなかで生徒たちは「関連づける」「イメージを描く」「推論する」といった理解のための方法を使っているのです。いえ、質問を考えることは、理解のための方法を総動員することなのだということを本書の教師と生徒たちの姿は教えてくれます。とくに、119から123ページに書かれている、生物の授業での「富栄養化」について生徒たちがつくった13の質問についての著者の分析は、訳者も注で「この本のハイライトの一つ」としていますが、圧巻です。読者としての私自身がワクワクしました。

 そのほかにも。

・「閉じた質問」から「開いた質問」へ、またはその逆に自分たちの質問を書き換え。これをやることで「修正しながら意味を捉える」方法を駆使することになる。(第5章)

・質問に優先順位をつけるというアイディアが展開される章の159ページには、「適切に重要なものを選び出す」ことが「比較、分類、分析、評価、統合などを含めた多様なスキルを駆使する極めて知的な行為」だと書かれています。これは、「何が大切かを見極める」という理解のための方法そのもの。(第6章)

・本の後半では学習者の言葉や先生のたくさんの言葉が掲げられていますが、いずれも「理解する」ことについて触れています。「質問づくり」を通して得られたわかることについてのたくさんの発見は貴重です。(第7章~第9章)

もう一つ。第3章には、四つの「質問づくりのルール」が示されています。それらは著者たちによるじつに繊細な生徒観察によるものです。たとえば、なぜ出された質問を「評価しない」のかということについてはこう書かれています。

質問をするということは勇気のいる行為です。「それは、おかしな質問だ」といわれたり、(さりげなく、本音あるいは教育的配慮なのかは分かりませんが)「でも、こんなふうに考えた方がいんじゃない」、あるいは「こういうような質問で……」といったような反応をされると、次に質問する勇気がくじかれてしまうものです。(『たった一つを変えるだけ』 88ページ)

このような言葉は、本書の随所に見られます。このように、生徒たちの感情と論理に耳を傾ける姿勢が本書をつらぬいています。それは『理解するってどうこうこと?』の最後の言葉「ジャミカ、あなたが理解するのを手助けするために、私たちは問いかけるだけでなくて、しっかり聞くことを約束します」とつながっていると思うのです。

2015年9月11日金曜日

「超」短いテキストを、RWとWWのミニ・レッスンに使う


 いわゆるティーンと言われる若者たちが6単語で書いた文を集めた本を、先日、入手しました。たった6語に、いろいろなドラマや感情が感じられて、面白いです。


 (「フェイスブックによると、私たち、別れたことになっていた」 According to Facebook, we broke up. みたいな文もあり、社会の変化も感じました。)

 そして、たった6語なので、自分が笑ったり、怒ったり、しながら、ある意味、ストーリーを勝手に作り出したり、読んでいるのも実感しました。
 

 そう思うと、「超」短いテキストは、RWでは「反応する、意味を作り出す」というミニ・レッスンに使えるし、逆にWWでは、「こんなに短くても、十分に伝わる、そのためにできる工夫は?」というミニ・レッスンにも使える、と思いました。

 

 「超」短いテキストなので、短時間で複数提示でき、子どもたちがどれに反応するのかを選択したり、自分が選んだ文を他の子どもに話したり、というバリエーションもできそうです。

 

 上の本は英語で書かれているので、日本語で読めるもので何かないかと考えました。

 

 一つ思い出したのは、6単語よりは、少し長くなりますが、丸岡町が出している「一筆啓上」シリーズです。


 私の手元には、日本語・英語併記の一筆啓上シリーズの中の「私へ」があったので、開いてみました。13歳の子どもが「ぼくは、いまとってもつかれている。もう一人のぼくに、こうたいしてほしい」と書いていると、ドキッとしますし、14歳の子どもが「過去の僕よ、犬を飼わないほうがいい、別れる時が、辛いから」と書いていると、大切な犬だったのだなと思います。


 これは、シリーズの中の「私へ」なので、どうしても、自分を受け入れることや迷い、まだ実現できていない夢や自分さがし等のテーマのものが多い印象もありますので、もう少しバリエーションがほしい気はします。そしてバリエーションが蓄積できると、WWの題材さがしのミニ・レッスンにも使える、とも思います。


 「超」短いテキストを蓄積して、選んでいくと、いろいろ使い勝手がありそうです。俳句や川柳も、一つのジャンルかもしれませんが、私自身、あまり知らない分野です。でも、一度、読んでみようかな?とも思います。


 RWやWWに関わると、自分が今まであまり注意を払わなかったジャンルに目が向くので、RWは自分の読書生活も豊かにしてくれる教え方だ、と改めて思います。


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上で紹介しているのは以下の本です。
I Can't Keep My Own Secrets: Six-Word Memoirs by Teens Famous + Obscure

Harper Teen から2009年に出版されています。トピックの幅はかなり広いです。

2015年9月4日金曜日

新刊=『たった一つを変えるだけ』の紹介



今日、発売になる本の紹介をします。

●「訳者まえがき」より

この本について、訳者として、四つのことをお伝えしたいと思います。

まず、この本は、私の質問や「問いかけ」へ長年のこだわりの産物だということです。
その出発点は、『ワールド・スタディーズ』(サイモン・フィッシャー&デイヴィッド・ヒックス著、国際理解教育センター編訳、1991年)と出合った1986年にさかのぼります。その中に、「教育の鍵は、知識よりむしろ『問いかけること』です・・・(中略)・・・ワールド・スタディーズが目指すのは、学びかたを学ぶ力、問題を解決する力、自分の価値観を自覚する力、自分で選択できる力です。これは、ひとえに『問いかけ』に、単に質問するだけでなく、子どもたちが自分で疑問点を洗いだし、答を見つけていけるようにすることにかかっています。『問いかけ』は、情報が目まぐるしく移り変わる今日の世界では、私たち教師が子どもたちに提供できる最良のものと言えましょう」(15ページ)と書いてありました。
今でもそこに書いてある大切さは薄れていないと思いますし、そのままこの本に流れている考え方でもあると思います。
『ワールド・スタディーズ』を読んでから、研修等で一方的に知識を伝える従来型の講義が私はできなくなってしまいました。代わりに、「問いかけ」を中心に据えた方法に転換したのです。
その後も、『「考える力」はこうしてつける』や『「読む力」はこうしてつける』(共に、新評論)の中で、それぞれ質問の章を設ける形で、こだわり続けてきました。
ここ10年ぐらいは、「質問」「質問力」「質問する力」「問いかけ」等をキーワードにした本が日本でもたくさん出ていますが、私の興味を満足してくれたものに出合えることはありませんでした。
(中略)
そんな物足りなさを感じて、自分で書くしかないかと思い始めたときに出合ったのが、この本だったわけです。これまでは、指導者がいかにいい質問を投げかけるかが大切だと思っていたのですが(それがいいファシリテーターの条件であり、教育の世界ではそれを「発問」と言います)、頭をガツーンとハンマーで叩かれた気がしました。なんと、この本では教師や指導者は質問をしてはいけないのです。

 (二番目と三番目もとても大切なのですが、省略)

 四番目のポイントは、質問づくりがとても簡単で、その効果は絶大であることです。(それが第1章から第10章にかけて詳しく書かれています。)
 日本で典型的に行われている授業は図1のようになると思います。

 それに対して、誰もが求めている授業は図2です。

 ちなみに、上の2つの図の「授業」を「仕事」や「プロジェクト」などに置き換えると、すべての組織や社会活動に応用できることが理解していただけると思います。自分が成長していると実感させてくれる組織は、なかなか多くないのが実態ですから。
 質問づくりだけが、この転換を実現してくれる唯一の方法ではありませんが、少なくとも確実に転換させてくれます。しかも極めて容易に。
 各人が主役ですから、できのいい生徒たちは、自分でハードルを上げることで、さらなる高見に容易に行けます。そして従来の知識(暗記)重視の一斉授業では輝けなかった生徒たちも、自分なりの質問を設定することで、たとえば207~211ページで紹介されているケヴィンのように、本人もそして教師も書けるとは思っていなかったスピーチの原稿を書いてしまうのです。(以下、省略)


●カバーと帯より

書名 『たった一つを変えるだけ――クラスも教師も自立する「質問づくり」』
オリジナル・タイトル: Make Just One Change
著者 ダン・ロスステイン,ルース・サンタナ
訳者 吉田新一郎
四六版 並製 312ページ
本体価格 2400円
ISBN978-4-7948-1016-8

帯とカバーで使われているキャッチ・コピー
(大)多くを問う者は、多くを学び、多くを保持する
(小)民主主義を実践するためのスキルとして、これほどインパクトの大きいものはない
教師に指示されているかぎり、僕らは何も学んでいない 【カバーの折り返し】


私を通すと、書店やアマゾン等で購入する時の価格=2592円に対して、著者(訳者)割引でお手元に届きます。それも、税・送料共込みで2200円です。
ご希望の方は、名前と住所と電話番号を pro.workshop@gmail.com にお知らせください。

お近くの図書館でリクエストを出して読んでいただくという方法もありますので、ぜひ。